こだわりのいっぴん
「東京鉋」
このページでは長い間に集めた東京鉋をご紹介します。
但し、三条鉋のように自信を持って説明出来ない製品がありますので、お気付きの点がありましたら教えて頂ければ幸いです。
鉋の収集を趣味にしておられるMさんが地方の金物店で3枚あったものを1枚購入され、石堂秀雄さんに見て頂いたら「これは父の作品です。」とお聞きして再度金物店の残りの品を求められたものをお分け頂いたものです。
表の左肩に古い刻印で「石堂」と打ってあります。
刃だけの写真を掲載しましたが、現品は台も付いています。
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昨年(平成18年)に三条で削ろう会が開催された折、竹中大工道具館から出品された資料が40点別室で展示されました。
その中に、次の製品と全く同じ銘の鉋が出品されていました。但し、流石に未使用品でした。
下の写真の通り、この鉋の製造番号の刻印は1404です。
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ネットのお客様で高級な大工道具を沢山お買い上げ戴いたお客様がおられました。
ある時、お電話があり、今まで集めた品を処分したいので買い取って貰えないかとお申し出がありました。ご本人はおっしゃいませんでしたが、今までの電話のお声と調子が違っていましたので、体調を崩されたのではないかと想像していました。
この鉋は、そのお客様から購入したもので、未使用の目の詰んだ柾目の台が付いています。
表の製造番号は3196、その下の年月日はよく拭いて見たら、38.4.21と読めるようです。
落合宇一さんの貴重な作品に当たるのではないかと思います。
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落合宇一さんの作品の三水の二寸鉋です。表の製造番号が4341なので、珍しいと思って掲載しました。刃幅は約78ミリです。
共裏金も未使用ですが角が割れ、狂いが出ていますが未使用の東京製の台も付いています。
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明治時代の東京の名工ですが越後三条の出身で何代か続いたと言われます。
2枚ありますが、上が寸8で中古で入手したのですが、研ぎ減ってはいるが裏は細裏のままで、余程腕の立つ職人さんが大切に使っていたらしく裏出しと研磨が丁寧にしてあります。
次は、その寸八で写真をクリックすると拡大写真をご覧頂けます。
次の寸六は新品のように見えますが中古品で、僅かしか使ってなかったものを再研磨したものです。
次は寸六で写真をクリックすると拡大写真をご覧頂けます。
明治時代の東京の名工ですが越後三条の出身で、上の義広の兄で、何代か続いたと言われます。
寸8が2枚ありますが、同じ寸8なの下に表示したように寸法に違いがあります。また、刻印も違うので代が違うと思います。いずれも表裏とも打ちっぱなしの鎚後が残っており、他にも見かけますので国弘の特徴と思われます。2枚とも非常に薄い造り込みで切刃の元で約4ミリしかありません。その1の方が古く感じます。いずれも中古品を再研磨したものです。
寸八、その1(刃幅73ミリ)
寸八、その2(刃幅75ミリ)
寸八、その1、その2の切刃比較。鋼の厚みがいずれも両脇でわずか厚くなり、その2は刃の際を面取りしています。
珍しい4寸鉋赤樫台一枚仕込の未使用品です。錆びもなく素晴らしい状態で、ある大工道具専門店の看板商品だったもので、ご仲介のお客様から委託を受けて販売した商品です。お客様が、神田さんにお問い合わせしたところ「45年位前に作った。」とよく覚えておられたとのことです。(平成21年現在で75歳でいらっしゃったそうです)
元々「規久」と「も作」の両方の銘を切られたそうですが、ある問屋さんが「も作はよく切れる」と宣伝して下さったことから、以後、主に「も作」を使うようになったとのことです。
右下の四角の刻印は、たんぼの田の字を意味し、中に神の字を入れて「神田」を表現しているとのことです。
松の彫りは松竹梅が縁起のよいことから、その中から選んで、時により松を彫られたものだそうです。
この鉋のサイズ、刃幅約12.2センチ、刃長さ約11.6センチ、台の長さ約39.7センチ、幅約14.5センチ、厚さ約3.5センチ
次は、その四寸鉋で、写真をクリックすると更に拡大写真をご覧頂けます。
平成18年頃、山崎正三さんが亡くなられたそうですが、晩年までコツコツと仕事をしておられたそうです。
この鉋はお亡くなりになる半年前位にお願いして製作して頂いた製品とのことです。
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