日本経済新聞平成21年8月30日号より引用しました。

なぞ謎かがく

「高純度の鉄はさびない? 」

すきま無く、酸素入れず



 東京大学総合研究博物館に不思議な鉄の塊が展示されている。鉄なのに銀色に輝べ長時間放置してもさびない。不純物を可能な限り取り除いて乍った超高純度鉄は、一般に知られている鉄とは全く違う性質を示すようだ。どうしてそうなるのか、理由はまだ詳しく分かつていない。

 超高純度鉄は東北大学の安彦兼次客員教授が開発した。純度は99・9999%級で、市販されている最も高純度な鉄と比べても炭素や窒素などの不純物が100分の1に抑えられている。
  「これが鉄?」 「どうして銀色に光るの」。

 「鉄-137億年の宇宙法」と題する展示会(10月末まで開催)に出品された高純度鉄を見た来館者は同じ驚きを□にする。純度を高めると、普段見聞きする鉄からは想像できない性質が表れる。代表的な例は、さびなくなることだ。
 さびの原因は鉄の酸化だ。通常の鉄は、不純物として酸素があちこちに入り込んでいる。鉄の結晶内に酸素が入っていると、構造が乱れてすき間ができ、そこヘさらに酸素が入り込んでさびが広がると考えられている。色は赤くなったり黒くなったりする。

 ところが高純度鉄の場合、鉄の結晶構造が規則正しく、酸素が入り込むすき間がなくなっているようだ。安彦客員教授もそんな仮説を確かめようと、高純度鉄の断面を電子顕微鏡で観察するなど分析を試みてきた。結果は「まだ何も見えない」 (安彦客員教授)と、はっきりとした証拠をつかめないでいる。

 高純度鉄といえども表面は空気と触れ合う。推測では、原子1、2個ほどの極めて薄い酸化膜の層が表面だけにできているとみている。その下層の鉄則上ががっちりと手を結んでいるため、酸素のしみ込みを防いでいる可能性があるという。
 不思議な性質として、酸に強くなることも専門家を戸惑わせている。普通の鉄は塩酸に入れると水素をぶくぶくと発生して溶解するが、高純度鉄は塩酸に溶けない。これは、教科書に出てくる金属のイオン化傾向の順番で、水素よりもイオン化しやすい方に鉄が入っている事実と食い違う。

 このほか、低温にしても軟らかく延ばしやすいなど、従来の鉄にはない特色が出現する。安彦客員教授は、金属の本当の特性とは何かを洗い直す研究が必要になると提唱している。

 その推進に壁になっている課題かおる。これだけの超高純度鉄を作製できる機関がほかにないことだ。米国や仏独にも高純度金属を研究するグループはあるが、東北大に及ばず「なぜ作れないのか」と悩ませている。 (編集委員 永田好生)



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