玉鋼の焼き入れ

                               岩崎 航介

          玉鋼で西洋剃刀を作って、焼入れをしてみて驚いた。半分以上が割れてしまった。西洋
          剃刀は全鋼で、冷却剤は水を使用した。
          水で割れるんなら、油で焼入れしたらよかろうと、多くの人は云う。やって見ると、
                   油では、刃先二、三分幅に焼が入るだけで、あとは全く焼が入らない。玉鋼に対しては、
                   油は全然不向きである。
          冷たい水では割れるので、少し湯を入れて、温かくして焼を入れたら、雲がついて失格
          である。
          雲がついては困るので、焼入れ温度をあげたら、今度は曲がってし
          まう。直そうとして軽く叩くと、制れるし玉鋼の焼入れの困難さには全くまいってしま
          った。
          
                   昭和二十七年から、もう十年は過ぎているのに、今でも時折製品の半分以上を、焼で失
          格させることがある。
          一体、原因が何処にあるのか、それはわからない。
          要するに玉鋼は、焼の入りにくい性質を持っている。これが大量生産の邪魔をする。
          併し、この性質が、日本刀の焼刃を美しくさせる。日本刀の刃文の直刃と乱刃は、誰か
          焼いても必ず出現する模様である。もし日本刀を、全面完全に焼を入れろと云われたら、
          刀鍛冶は割れを防げなくて困るだろう。
          日本剃刀は着鋼であるから、軟らかい地鉄のお蔭で、割れることは殆どない。また焼で
          曲がっても、軽く叩けば直る。但し油断をすると、雲がついて、失敗する。
          日本人が着鋼を発明発展させたのは、大した技術である。昔の人が全鋼で苦労した末、
          この方法を見つけたものと思う。
          外国の刃物は全鋼であるから、割れ、曲がり及び雲で困ったに違いない。その結果、
          どうしたかと云えば、油で不完全な焼を入れて、軟らかい刃物を作った。
          だから牛刀とか外国の鎌は、丸鑢で刃がつくのである。
          硬い刃物が欲しい場合、外国人はどうしたかと云うと、焼が入り易いように、クロムと
                   かタングステンを混ぜた。即ち特殊鋼を使ったのである。
          彼等の最も多く使ったのはクロムである。打刃物鋼に、タングステンを混ぜたのは、日
          本の安来鋼の青紙だけである。青紙の手本になったのは、英国製の大砲を削るバイトの
          刃である。砲兵工廠から屑鋼として出たものを、越後三条の初代永桶永弘が使って見て
          、成績がよいので、安来鋼の工藤治人博士に送って、これと同じ鋼を作るようにしたの
          である。大砲を削るバイトだから、一種の高速度鋼である。
          独逸とかスエーデンの剃刀は、タングステンを入れず、クロムだけを入れている。
          日本の玉鋼は、如何なる鋼よりも純粋であるから、切味は正に世界一である。だが焼入
          れの困難は大きな欠点である。
          その上もう一つ困る性質がある。それはグラインダーで研磨して仕上げをしてゆく時、
          少し熱くなって、焼戻しを部分的に受けると、忽ち刃がくねくねと曲がって、廃品に
          なるということである。急いで西洋剃刀を仕上げようとするほど、よく曲がる。と云っ
          て水を掛けながら作業をすると水の為に表面が見えないので、精密な仕上げが出来ない。
          斯くして玉鋼は原料として世界一の優秀さを示し、切味も最高ではあるけれども、鍛錬
          、球状化、焼入れ、仕上げ等の困難があるため、どうしても名人芸の少量生産になり、
          値段も非常に高いものになって、近代工業の対象にはならない。まことに惜しいことで
          ある。
          (「刃物と販売」三十八年十二月第七十二号・昭和三十九年一月第七士二号)を三条金物青
          年会が刊行した「刃物の見方」が収録したものを転載しました。

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