日本経済新聞 2000/4/20号 サイエンスのページから引用しました。

「材料開発 日本刀に学べ」・ハイテクの宝庫・超鉄鋼並み組織



 折れず、曲がらず、よく切れる。日本刀が優れたハイテク製品であることが最近の研究で分かってきた。科学の目でみると、非常に少ない不純物や微細な結晶、特性の違う素材を組み合わせた構造など優れた性質を兼ね備えていた。こうした特性は最先端の材料開発を先取りしており、学ぶべき点は多い。

物質・材料研究機構は普通の鉄鋼を従来の五倍の衝撃にも耐えるようにする技術を開発した。一般に金属は硬いほどもろく、軟らかいほど衝撃に強い。両立させる手段は金属を形作る結晶の制御だ。

 金属は結晶が小さくなるほど強度が増し、しかも折れにくくなる。さらに結晶を針状にして同じ方向に並べると、竹のようにしなやかになる。熱した鋼を何度も強い圧力をかけて延ばすことで実現した。同機構は結晶を一マイクロ(マイクロは百万分の一)メートル以下にすることで、硬く折れにくい「超鉄鋼」の研究開発に取り組んでいる。

 実は、この最先端技術の一部は日本刀で実現していたことがわかってきた。東京芸術大学の北田正弘教授は日本刀を切断し電子顕微鏡で調べたところ、超鉄鋼に匹敵する微細な組織を見つけた。刃の部分は幅が〇・二マイクロメートル、長さが二マイクロメートル以下の極めて小さな針状の結晶が絡み合い強度を高めていた。さらに刃と芯が接合する部分も〇・三マイクロメートル程度の結晶が見つかった。

一般的な製鉄技術では結晶を二十マイクロメートル以下にすることは難しい。それ以下の小さな結晶を持つ超鉄鋼は高い圧力で何度も圧延している。日立製作所で金属を研究していた北田教授は「(高度な)機械を使わずに実現できていることは驚きだ」と話す。  日本刀にはケイ素やチタンといった微量の金属が鉄の中に広く散らばっていることも分かった。これらは結晶が大きくなるのを防ぐ。一方、硫黄やリンなど鉄をもろくする不純物はわずかで、亀裂や金属疲労を起こす微小な欠陥も少ない。

 「日本刀には学ぶべき点が多い」と、特殊鋼の開発を手がける日立金属の伊藤正和技術部長は言う。研究者は直接日本刀を分析しているわけではないが、同社などが開発した高機能鋼材は、日本刀が持つ特徴を活用しているという。

 日本刀は炭素分の多い硬い鋼が、炭素の少ない軟らかい鋼を包む独特の構造をしているが、これも特性の違う二つの材料を表と裏で張り合わせる「傾斜機能材料」という新素材を先取りしている。硬い’鋼と軟らかい鋼の境界部は超鉄鋼になっており、強く結合 している。硬い刃の部分で受けた衝撃を内部の粘りのある鋼で受け止めるため折れにくい。

 日本刀の技術が確立したのは鎌倉時代から室町時代にかけてとされる。五百年も前に、様々な先端技術を実現できたのはなぜか。その秘密は独特の製法にある。

 日本刀に使う鋼は砂鉄を高温で熱し、冷やしながら焼き固めていく「たたら吹き」という製法でつくる。そもそも砂鉄は不純物が少ないうえ、たたら吹きはセ氏千五百度で溶かすため、セ氏二千度で鉄鉱石を溶かす高炉技術に比べて不純物が混ざりにくい。さらに、鋼を何回も折り返してたたいて鍛錬することで不純物を追い出す。

 折り返し鍛錬には別の効果もある。何度もたたくうちに鉄の結晶が微細になり、結晶の間に微小なすき間かでき、欠陥も極めて少なくなることだ。ケイ素など結晶が大きくなるのを防ぐ物質が散らばることもわかってきた。

 日本刀は最後にセ氏八百度に然して湯につけて急冷する 「焼き入れ」を施す。このとき粘土を、刃先には薄く、背の部分には厚くそれぞれ塗り、刃先が急冷されるようにする。これにより刃先には硬い「マルテンサイト」と呼ぶ特殊な塊ができる。

 福山大学の井上達雄教授によると、冷却の際に日本刀は刃側へいったん反り、それが本来の背側への反りに戻るという過程を二回経る。本来の反りになると「元の形に戻ろうと刃先に圧縮方向の力が働く」 (井上教授)。圧縮力が働くことで衝撃に強くなり、 刃こぼれしたり折れたりしにくくなるという。 日本刀にはハイテクの粋が凝らされている。長い年月を生き残ってきた技能には科学 的な根拠が存在する。        (青木慎一)

 日本刀の製造工程
  キーワード
 2種類の鋼を鍛錬

 日本刀は酸化した砂鉄を木炭で還元する「たたら吹き」でつくった鋼を使う。
  これを熱して薄く延ばして小さく割り、炭素の含有量から適した材料を選んで積み重ねて塊を作り、鍛錬する。
 鍛錬工程では、ハンマーでたたいては二つに折り返して加熱し、さらにたたくという作業を十数回繰り返す。
  炭素量が多く硬い鋼は刃先や側面、軟らかい鋼は芯や背の部分に使う。二種類の鋼を組み合わせて再び鍛錬して接合。
  刀の形に整え、焼き入れをしてできあがる。
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