剃刀返品の研究
                           
                                                                                          岩崎 航介
  舶来品と国産品の差

日本刀と言う世界一の刃物を作った日本人が、独逸製のヘンケルや英国製ベンガール等の西洋剃刀に、随喜歓仰の涙を流して、無けなしの財布の底を叩いて売り込む姿を見ると、国民としての公憤を覚えるのである。是は舶来崇拝の卑屈心(インフェリオール・コンプレックス)から来るのでと思っていた。

併し一度国産品と舶来品とを使ってみると、残念乍ら舶来品の方が遥かに切味がよい。更に突っ込んで科学分析をすると、舶来品の方が炭素量の多い硬い鋼を使っている。金属顕微鏡で覗いて見ると、鋼の中で一番硬いセメンタイトが、舶来品の方がより沢山あるし、微細である。焼入れ温度を示すマルテンサイトの大きさを見ると国産の方に焼入れ温度が高過ぎて巨大針状の物が、より多く見受けられる。

また、微小硬度計を使用して硬さを測定すると、国産品は同一マーク、同一番号の品物でも、硬いものと軟らかいものが混じっているのに、舶来品は大体一定であって、製品に対してずっと信頼性がある事を示している。

外観を見ても舶来品をデザインが美しく、スキは全部一様に揃っていた、ムラが少ない。大きさとか形になると、舶来品の方に各種各様の物が沢山作られている。
斯く観じ来れば地団太踏んで口惜しがっても、舶来品の方に勝ち名乗りを上げさせざるを得ない。

科学的製法の採用

これだけ正確詳細に両者の比較が出来たからには其の対抗策が生れてもよい訳である。茲に現代科学活躍の舞台がある。即ち原料に対しては炭素量に於て彼と同等の合有量のある玉鋼を持って来る。

玉鋼は不純物が舶来品より遙かに少ないから、絶対に負ける事はあり得ない。セメンタイトの球状化に対しては、舶来品は大量生産方式を採用しているから、此の方は手工業による丁寧な製作方法を採れば、必然的に優良品が生まれる。焼入れに対しては刀鍛冶の焼入れの秘伝と、温度計使用の両者混合法を行なえば完全を期待できる。硬さに対しては焼戻しに際して寒暖計を使い、其の結果はダイヤモンドの錐を使った微少硬度計を用いる。是に依って、硬、中、軟何れなりしし希望の硬さの物を生産し得るから競争には勝てよう。
デザインは日本人の美的感覚に頼る事にし、スキに就いては、手間暇を措しまず、研磨剤の最高の物を駆使して、舶来品に劣らない物を作り上げる。
こうした科学的方法で作った製品を、研究開始以来約千挺を、全国各地の理容師に買って貰い、切味に就いての報告をして貰うように手配したのである。

切味の批評

切味報告の中の大部分の人は、一度研いで革砥だけで何日使ったという風に日数の報告をして呉れた。
一週間とか十五日とかいうのが最も多く、一ケ月は極く少数で、最高は三ケ月半と云って来た。
併し一日に何人剃ったかという人数が、これでは判らんのでそれを知らせて呉れるようにと依頼した所、一度研いで三十人乃至五十人と回答の来たのが最も多い。百人乃至二百人剃れると云う人は少数でしかない。最も沢山の人を剃った人は、一研ぎで三百八十六人に使った新潟県村上市大町日出谷誠一氏、四百二十六人の静岡県浜松市浅田町小池忠男氏、抜群の人で、一千三十二人を剃った富山果西礪波郡福岡町小畑健一氏(富山高等理容学校講師)がある。大部分の人は此の数字を信用して呉れない。そうした人には御本人に直接問い合わせて下さいと答える事にしている。其の為に住所姓名を明記した次第である。
是れ程切れるなら舶来品など問題にしなくともよい訳で、絶対にこちらの判定勝ちにして貰えるだろう。

返品の調査

だが楽観出来ない。十挺のうち二挺位の割合に全然切れないと小言タラタラで返品されるものがある。一千拠に対して約二百挺返って来ている。之を詳細に調べる為、不良と云われた剃刀を他の人に渡して研ぎ直して使って貰ってみると、殆ど全部が切れると云われる。是には参った。何故人によって差があるのか、いやしくも理容師として毎日研いでいる人に、研ぎの下手の人が居る筈が無い。其の人の好き嫌いによるのではないかと、ドンドン交換に応じた。其の結果甚だしいのは三年間に七挺も交換した人があった。

科学的に充分の分析と検査をしても、切れないと云われるものが、いつになっても減らんので、私は理容師と云われる専門家でも、研ぎの拙い人がいるのでは無いかと、去年あたりから疑い出した。すると技量の良い理容師から、正に其の通り原因は研ぎ方にあるという手紙が沢山来た。
そこで返品されたものを、一々顕微跳で四百倍にして刃先の研ぎ具合いを見た。鳴!と驚いた。返品の大半のものが、十個所も二十個所も大きな欠けがあるのである。ナーンダ是は、鍬冶屋の責任では無いじゃないか、研ぐ人の責任でないかと、独り大きな声で叫びたくなった。昭和二十七年以来足掛け七年も、私を悩まし続けたのは、実に理容師の研ぎに原因する事が判ったのである。

それ以来私は返品に対しては、刃の欠けを写生し、太い砥目を画いて研ぎ指導書を送る事にしている。私はそれで解決したのだが世の中の多くのメーカーは、研ぎが拙くて切れないのに品物が悪いと云われて全部の責任を負わされ返品を食って、貧乏に喘いでおるのではあるまいか。

三条の鉋鍛冶が、よく返品を持って来て判定を頼まれる事がある。セメンタイトを、金属顕微鏡で見、硬度を調べて欠点が無い時は、良く刃をつけて送り返すように勧めている。そうしたものが、再び返品された例はまだ一つも無い。
と言って返品の全部が使用者にあると云うのではない。製品その物が悪い事も沢山ある。その何れであるか判定する眼力を持って欲しいと、私は世の中の小売業者に深く期待するものである。

全然切れない

だが楽観は出来ない。十挺のうち二挺位の割合で、企然切れないとか、甘いとか、ブツ切れだとか或は切れが直ぐ止まって長切れしないといった様な、様々の小言と共に返されて来る。千丁のうち二割だから二百挺位は、酷評と共に返品されて来る。中にこんなのもある。
「砥石に原因があるかと思ってて、何挺も何挺も砥石を代えて見たが切れ味は思わしくない。凡ゆる研ぎ方をやって見たが依然として長切れしない。友人や師匠に研いで貰ったが皆切れないという」
其の剃刀を再び顕微鏡で覗いてもセメンタイトは悪くないい。硬度を測定しても甘くはない。何処を調べても製品に欠点はない。併し先方の研ぎも随分慎重であるから、原因が奈辺にあるのか判断に苦しむ、そこで、之を他の注文者に送って結果如何にと、片唾を呑んで持っていると、
「とても切れます。一度研いで既に一ケ月、革砥だけで使っています。独逸のヘンケルよりも切れます。」
こうなると、私は迷って了う。何故最初の人は返品したのだろうか。この様な例が実に多い。甲の人が返した物を、乙が使って褒める。丙の人の返品を丁に渡すと激賞して来る。一方逆の場合もあって、Aが使って切れたというので、Bに送ると、逆に切れないと云われる事もある。一体其の根本原因は何だろう。こうした経験は西洋剃刀の小売屋さんとしては、日常茶飯事なのではあるまいか。

甘くて切れない

返品の中で数多い批評は「甘くて切れない」という小言である。渡しは剃刀は一挺一挺の硬さを計って、その数字を表面に書いて置くが、随分硬いと思う品物に対しても、此の批評が附いて凱旋して来る。測定の誤りで本当は甘いのではなかったと思って、再び測定して見るが、矢張り硬い。では何故これを甘いと云うのか。
之に対して最初は、更に硬い物を送った。所が直ぐに返されて来る。「これも甘い」というのである。ではもっと硬い物をと思って、とても使えない様な物を送ると、「益々甘い」と来るのだ。そこで初めて、此の御客さんは、逆に甘いのが向くのでは無いかと気がつく、早連第一回の品物よりも、遥かに軟らかいものを送ると、今度はとても切れると云って来る。即ち素人は切れない場合は、何でも「甘い」という批評をしてよこす癖がある。
之に味をしめて「甘い」という批評が来ると、いつもそれより更に甘い品物を送る事によって成功している。

けれども柳の下には鰌が常に居る訳でなく、硬い剃刀を好む人から、「甘い」という正しい批判が来ているのに、素人の癖だと甘く考えて、軟らかい物を送ると「前よりも甘くて更に切れない」と文句を云って返されて来る。
まだこっちは気が附かんので、更に軟らかいのを送ると、「最初のが一番切れた」と云って来る。それでやっと、此のお方は、本当に硬い軟らかいが判る人であることが判る。周章てて硬い物を送ると、初めて試験をパスする。

此の間半年も一年も経過し、五回も六回も交換しなければならない。上りの汽車に乗るのを誤って、下りの汽車に乗ったようなものであるから、それと判る迄は、何回交換しても及第しない訳である。
そこで返品が来て、交換する際は、硬い物を送れば良いのか、軟らかい物を送るべきかを考えるようになる。
歴然とした判断のつかない時は、先方へ問合わせて見て、今迄使っておられる物で切れた剃刀のマークを知らせて貰う。予め舶来、国産品の各種の製品の硬さは調べて一覧表が出来ているので、硬いのを愛用しているお方には硬い物を送り、軟らかい品を常用しておられる人には、甘切れを送るようにして、解決している。
更に一歩前進して、御注文のあった時、前以て右の問合わせをして、其の人の好みの硬さと合わせる事にして、返品の防止をするようになった。

研ぎが悪い

最初から西洋剃刀の切味調査は、理容師さんの実地試験による実験が最も良いと考えていた。本多式切味試験器と云うものがあって、紙を切って切味を示す仕組みになっているけれども、紙と髪では性質が異るし、又、剃られた人の感じが全然入って来ないので、是は採らない事にした。

理容師として日頃客に接しておる人は、全部研ぎに就いての熟練者で、毎日其の稽古をしておられる人だから、研磨技術は完全なものと認めて、是等の人達の批評は全部が全部、実地に則した正確なものと信じきって、切味の調査に乗り出した。それは今から六年前の昭和二十七年からであった。
依って返品されて来た物に対しては、硬さを調整するとか、或は新品と交換するとかして、何回でも、何挺でも、切れると云われる迄根気良く交換した。研究調査であるから、損得は一切度外視してやって見た。其の結果は前述の如く色々様々のケースが表われて来た。一覧表を作って並べて見ると、切れると褒められた物は、硬さでビッカース七一二から八七三まで、約百段階もの多種類がある事が判明した。
うんと軟らかい甘切れの物を好む人と、物凄く硬い物を好む人と、人によって違うのである。従って甘切れを好む人に、硬い物を送れば直ちに返されるし、逆に硬切れを良しとするお方に軟らかい物を送れば、お小言を食うのは当然である。之を二人の間に入れ換えると、両方から賞讃される。

百人に一人位の割に、甘切れの物も、中位の物も、硬い物も、送った物凡てを切れると云って下さる有難い人がある。此の人達に会って話をきくと、甘切れの剃刀は、女子供に用い、硬切れのものは大髭に使うと云った具合に、髪の性質にょって剃刀を使い分けると云うのである。では何故、甘切れを好む人は、硬切れを嫌うのですかと訊ねた所いとも簡単に、「それは研ぎが悪いのです」
と答えられる。理容器具屋を回ってお話を聞くと、矢張り同じような回答をされる。して見ると、理容帥なら研ぎが完全無欠だと思った私の先入観念が間違っていた事になる。
それ以来返品された剃刀の刃先を、四百倍の顕微鏡で検査して見た。覗いて見て、鳴!と驚いた。大きな欠け刃が・五個所も十個所も、甚だしいのは二十個所もあるのだ、その場合決まって、太くて深い砥石の跡がハッキリと残っている。こんな研ぎ方をして、切れるも切れないもあったものでは無いと大きな声で叫びたくなった。

六ケ年間私をして新品と交換させ、長い間、頭を悩まし続けたものは、実に研ぎ方の不完全から来ているのである。その責任は尽く使用者側にあるにも拘らず、全部の罪をメーカーに着せられて来たのだ。

そこで私は一研ぎで一千人を剃る小畑健一先生の研ぎ方を、印刷に附して、返品した人達に研磨指導書として送る事にした。その際顕微鏡下で見た刃の欠け具合を、全部写生して同封する事にしている。それでもまだ研げない人には、焼戻しをかけて軟らかにして送る事にしている。

一方顕微鏡で見て見事な研ぎがしてある場合は、即座に硬い新品を送って、謝る事にしている。此の場合最初に送った剃刀が其の人にとっては軟らか過ぎるからである。 初めから使用者の研ぎ方に合った物を送れば、面倒な事は何も無い訳であるが、何しろ使う人も白己の好みの硬さが判らないし、売る方の私も判らんので、丁度闇夜に鉄砲を撃つ様な有様であるから却々に命中しない。
其の点へ来ると理容器具屋さんは、理容師の癖を知っているのでそれに応じた製品を納入するから、割合に返品が少い。メーカーが直接売るという事は、研究にはなるが、商法の常道ではないので近頃は代理店に依頼するように努めている。

自信ありや

では返品の全部が、研ぎに責任があって、製造者に罪が無いかと聞かれると、然りと答えられるのは、前記のような科学的の方法で作られたものであって、而も科学的の検査をした製品だけである。

現在の我国の刃物が私のような、時間も能率も考えず、唯だ一意優秀品を作るという研究品では無い事は事実であるし、又、一般零細刃物鍛冶にそれを望む事は、今の所無理があるので、研ぎが悪いと自信を以て答えられるメーカーは、極く僅かだと思われる。従って製造家の罪か、使用者の責任かは、充分なる研究調査をしなければ、迂闊に断言出来ないものである。

私は作る方の側として、充分に科学を生かして、自信のある物を作って欲しいと希望するが、一方刃物を販売する小売業者が、もう少し勉強をされて、使用者が切れないと言って来た場合、科学的な方法で之を調べて、先様が納得の行くような説明をし、研ぎ方を教えてやるか、又は自分で研いで上げる所までサービスして貰いたいと思う。返品があれば何でも彼でも唯々諾々として受取り、それを卸屋に返し、メーカーに無実の罪を着せるようなことが、無くなるように祈っている者である。

(「金物タイムス」昭和三十年七月号・八月号)を三条金物青年会が刊行した「刃物の見方」が収録したものを転載しました。
    これに関連する話を息子さんの重義さんからお聞きしたことがあります。
 
  いくら良い刃物を作っても研ぎが大切なことが解ったので、お2人で砥石の本場の京都に行かれて、砥石の研究と良い砥石
  を探し出され、それ以来、剃刀を販売する時に砥石も一緒にお薦めするようになさったそうです。
  それからは切れないとの苦情がピタリと止まりましたし、更に、販売した砥石を使ったお客様から、今まで使っていた剃刀も
  同じ砥石で研ぐので、よく切れるようになって驚いているとの話が来ることさえあったとのことでした。
 
  刃物にとって砥石と研ぎが如何に大切かということだと思っています。

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