刃物の見分け方 その2

                          
                                                                                      岩崎航介
ハイスについて

世間にはハイスというのがあるでしょう。鉄を削るものですから、あれが一番硬いと思っている人が多い。私の友人が罐切を研究したのです。失敗した後で聞いたのですが、切る刃の部分にハイスを使ったのです。所がハイスという物は、削る時の摩擦熱で温度が摂氏四百度になっても、硬さが減らないという長所があるのです。焼を入れた結果は、青紙も白紙も黄紙もハイスも同じ硬さなんですヨ。そんなに硬くないのです。ハイスというものは粘り気が無くて脆いから、薄くするとポロポロ欠けるのです。だからバイトの様に刃先が厚ければ、欠けはせんのです。それを罐切にして薄くしたでしょう。硬いばかりで脆いから、罐詰の蓋を切るとポロポロと欠けて了います。到頭失敗した。罐切の様な熱の出ない所へ、何でハイスを使うのか。そんなもの黄紙で十分のものを。黄紙の一号を使えば間違いなかった。惜しかったなと思いました。
メーカーと問屋が共に熱心にやる時にも、こうした知識を持っておれば大きい損は防げたのです。ハイスを薄くして罐を切っては絶対ダメなんです。用途が違うのです。値段さえ高ければ何でもよい鋼だと思う人もあるが、そうはゆかないのです。それで安物は黄紙、中等品は青紙、上等品は白紙でゆくとよいのです。

ステンレスの方では、表の下の方に銀紙があります。一号、二号、三号とありますが、三号が一番炭素量が多いのです。之を使うとね可成り切味のよい物が出来ます。上手に焼入れし、焼戻しをし、刃付けをよくするとよろしいのです。残念乍ら値段が相当に高い。値段が安くて切味のよいステンレスを造る事は不可能らしい。矢張りよいものは値段も張ってきます。高いステンレスの庖丁を買って呉れる、大都会の金物屋へ売込みにゆく、という風になされば、ステンレスの名誉も快復するかと思います。

鋼と火造り

それから鋼を持って来て、火造りをします。赤めて叩く時、即ち鋼つけをして、段々と形を造り出して行く時、赤め方と叩き方に秘伝が御座います。そこで温度のかけ方・叩き方を間違いますと、分子が大変荒くなってポロ欠けする刃物が生まれて来ます。だからあの火造の所に秘密があるという事を覚えて置いて戴き度いのです。

焼入れ

その次に焼入れになります。焼入れをした結果を顕微鏡で見ますと、焼入れ温度を過したものは、南天の葉のような模様が出て来ます。そういう様た模様の出て来た刃物は、非常に温度が高い所から焼入れされたのですから、逆に軟らかになって、更に悪い事にポロ欠けする性質を持って来ます。軟らかで欠けるのです。お煎餅の様な性質になります。だから焼入れで失敗した刃物というものは、どうにも処置のないものです。
焼入れに対する適当の温度と云うものは、大切なものです。鍛冶屋へ行かれまして焼を入れるのに、夜入れるとか、朝早く入れると云ったら、此のメーカーは信頼してよろしいですナ。日光のガンガン入る所で焼入れをして居ったら、あ、此の人は駄目だ、こう云う風な判定を下してよろしいのです。鋼の色は、雨の降った日と、お天気のよい日とでは、違って見えるんです。
私共は剃刀を焼入れする時は、光線の全然入らない、真暗な部屋にして焼入れをします。そうしなければ一定の温度をつかめません。でなかったら、窓の硝子にコバルト色の青ガラスをはると、色は一定になります。陸軍の砲兵工廠はそういう風にして、鉄砲の焼入れをしておりました。吾々はそういう設備が出来ないから、暗くするか、朝早くか、夜遅くか、どちらかで焼を入れるんです。

焼戻し

焼入れに次いで、焼戻しがあります。あれによって硬さが決まる。非常に硬くしようと思ったら、焼戻しの温度は低い方がよいです。甘切れにしようと思ったら、焼戻しの温度を上げれば良い。刃物の方で八釜しい鉋とか、剃刀では、焼戻しの温度は低いのです。鋸は温度を高くします。火の上で鋸をあぶると、始め黄色から、段々色が変わって、温度が上がるにつれて、紫になり、更に上がると青くなりますので、色によって温度が判定されます。
而るに鉋や鑿は、色がつく程に焼戻しをやると、甘くなり過ぎて、落第になります。それをどうして鑑定するか。亡くなった初代永桶永弘は、鉋を火の上であぶり乍ら、口に水をふくんでおいて、鉋の上ヘプッと少量の水を落とします。水玉がコロコロと動いてゆきます。温度が高い程、水玉ははね上がります。温度が低いとはね上がりは少ない。それによって、摂氏百八十度か二百度かを、判定したものです。
今は大した事はありません。鍋の中に油を入れ、寒暖計を使えば、何度であるかが判りますから、そこへ十分なら十分入れておけば良いでしょう。簡単なものです。そこ迄科学が進んで来ました。焼戻しは大した事がないのです。

硬度検査

焼戻しによって最後の硬さが決まりますから、出来上った刃物は、硬さを調べなければ、信頼出来ないものです。硬さを測るにはダイヤモンドの針で、圧しつけて見たり、鋼の玉を落して、はね上がる高さを見たりします。併し刺身庖丁の様な薄いものを、不適当な硬度計で計ると、裏へつき抜けて了います。ステンレスの庖丁の刃先を調べようといって、ロックウェルの硬度計で計ると、裏側まで突き抜け時にはピーンといって割れる事もあります。その場合はマイクロビッカース硬度計、一台で四十万円もするものを持って計ります。鋸はショアーの硬度計で計ります。鑿と鉋はロックウエルの硬度計で測定出来ます。品物の厚い薄いによって、硬度計を使い分けねばなりません。

刃物の鑑定法

硬さの判らないものを、皆様は肉眼で見て判った様な顔をして販売をして居られます、一体肉眼で眺めて刃物の硬さや、分子の大小、長切れするかしないかが判りますか。
私共は剃刀を造リ始めて十五年経っています。出来上かったものを研き上げて肉眼で見ましても、絶対に区別がつきません。判らんのです。造った本人が判らんのです。金物問屋の番頭さん達が、判った様な顔をして見ておられますが、あれは本当は判らんのです。
唯ね、長年売って見たが、お小言かない。使った人が褒める。返品がない。これだけの反応で売っているのです。見て判るのは体裁と研磨と凸凹だけなんです。狂って居るか、居ないかは見えますが、大事な鋼の本質と云うものは全然わからない。全然判らんという事を、皆様に知って致き度いんです。判った様な顔つきをしてね、批評したり、売ったり、買ったりするから、問違ってしまいます。
刃物を鑑定するためには、どうしても顕微鏡によって分子を調べ、鋼の方は使っている鍛冶屋の所へ行って、よく話を聞き、硬さは硬度計で計る。然る後に体裁を調べ、狂いを探します。狂いが判るという事も重要ですヨ。
それはそれとして研究して貰いたい。そうすれば、良い物と悪い物がハッキリと区別する事が出来るようになります。科学を利用して貰いたいのです。

外国雑誌で勉強

そのためにも今迄よりは、少し勉強しなけりゃならん。勉強の方法と云うものは、色々御座います。その中で外国の金物雑誌をとって読んで見る方法があります、是はアメリカ、次はオーストラリア(濠洲)、それからイギリス、最後の本はドイツです。こう云う雑誌を取る様に勧めましたら、仲間が二十二、三人集まって、之を回覧している人達が出ました。五年程前から始めて、今日迄に全部で四百六十八冊溜りました。イギリスの雑誌は一週間に一冊ずつ送って来ますので、一ケ月に四冊、一年に五十二冊送って来ます。
バケツがあり、鑿があり、鉋があり、何でもあります。英語は読めないと云う人もありますが、写真だけでよいのです。大事な所は高等学校の先生に頼んで、翻訳して貰えばよいでしょう。苦労は要らん。写真だけ御覧になればよいのです。

この団体の名前はフォーマス(MOMASフオーレンマガジンソサイテイー)、外国雑誌会(Foreighn Magazine Soceity)の頭文字をとって「フォーマス」と云っています。フォーマスで読み終えたものを本会の幹部の方が借り出されて全会員に巡回させたらどうでしょうか。居ながらにして、英国とアメリカとドイツ、オーストラリアの金物界が見られる。非常によい物ですヨ。こう云う風にして、広く知識を世界に求めねばならんのではないか。
右の様に、外国の金物雑誌を調べる事を知ったのは、昭和二十六年でした。兵庫県の三木へ行きました所、此の処の金物屋の若主人が集まってハードウェア倶楽部というものを作って、外国雑誌を取寄せて回覧しているのです。ガクンと来ましたナー。今から十五年前ですヨ。三木の連中は之を取って居るのです。三条との差は十年なんです。呆れ返っちゃったナ。段々調べたら三木の人々は、ドイツの雑誌は取っていない。オーストラリアの物も取っていない。その点では三条の方が進歩している。こういう外国の物を調べたいと思いましたのは、次の様な話から出たのです。
印度のカルカッタに駐在していた、日立製作所の方に、藁切用の刃物を、五十万組見積って呉れとの引合いが来たのです。形と大きさは扇子の紙の部分だけと似たものです。五十万組、二枚で一組なんですヨ。百万枚です。三ケ月で納めて呉れ。三条の人が、何とか造りたいものだ、総額で億単位なら、一枚百円なら一億円、二百円なら二億円、何とかやって見たいと、工場の設計図を書いて見たけれども、品物を納めた後、追加註文が来るか来ないか判らん。何も来なければ、火事場の跡みたいの物だ。忽ち破産でしょう。遂に涙を呑んで之を止めたんです。所がこの註文がドイツヘ行った。三ケ月でポンと百万枚納まって了った。残念でしてね。外国の事が知り度くなって、雑誌の購読になった訳です。

ドイツのヘンケル工場では、工員三千人です。本社は鉄筋コンクリートの五階建です。ゾーリンゲン駅の裏にある、白分の所で鋼を造って居ります。カタログ呉れといってやっても呉れません。考えましてボンにある日本大使館に頼んで、どうかヘンケルのカタログを取って送って呉れといってやりました。流石に日本大使館から頼まれたものですから、ヘンケルは呉れました。見るとあらゆる刃物を造っている事が判りました。
ゾーリンゲンは人口は十四万です。三条市の二倍あります。此の市から輸出される刃物は全部、何処の会杜で造ってもゾーリンゲンという、マークを入れるんです。日本人は之を英語読みにしてゾリンゲンと読みます。終いにはゾリンゲンと云う会社があると思っておるんです。会社じゃなくて、都市の名前なんです。若し三条の製品に全部如何なる品物でも、登録商標の他に、「三条」というマークをうったら、終いに日本人は三条という金物を、頭の中へ深く刻み込んで了うでしょうな。余程でかい会社だと思うでしょう。ドイツはそうやって、全世界の人に、ゾーリンゲンの名を知らせています。驚いたね。此の統制のうまいのに、ヘンケルの次に大きいのは、ハーダーという会社で、工員八百人位です。あとは段々下がって来て、八割は十人以下の小工場が多いのです。甚だしいのは一人か二人、三条と同じ位の工場です。
唯面白いのは夜学の職人学校というのがあって、その学校を二年で卒業すると、給料が少し上がります。次にそれより程度の高い高等科の学級があって、こゝを二年やると、又給料が上がります。その上に大学課程があって、二年で卒業すると、更に俸給が上がります。この様に夜学で何年も何年もあらゆる技術を勉強させて、段々と月給が上がります。その代わり長いこと苦労しなければならない。そう云う職人学校の組織が、羨ましい程完備しておるのです。だから勉強する人は、ドンドン知識が増して来るから、賃銀が上がる。

此のゾーリンゲンヘ、日本のNHK、が行き、テレビで写したんです。そうしたらね、自働研磨機をズラリと並べている。ハーダー会杜の写真は出て来ません。鋼を精錬しているヘンケルの工場も、出て来ませんでした。出て来たのは一人か二人でやっている見るもみすぼらしい工場ばかりなんです。アレを見た日本人は、ゾーリンゲンなんて云ったって、幼稚のものだと思ったでしよう。敵の作戦美事なものです。日本のNHKを断わる訳にはゆかず、併し乍ら工場の秘密は見せたくないという訳で、一番みじめな工場だけを案内したのです。みじめなものを写したから、日本人はそれを見て、ゾーリンゲンを軽蔑しました。所が行って来た人は、
「イヤー、此の工場の隣では、自働研磨機をズラリと並べて、ガーガーとやっている。そこは見せないんだ。」
敵ながら誠に天晴れな作戦だと思って、感服した訳です。
こう云う様に、簡単に、早口で、沢山述べて来ましたけれども要するに、吾々の三条で世界一の物を造る為に、もう少し勉強しなければならんと思います。特に最近は勉強というものが足りなくなったと思われます。其の結果、刃物をやる人が少なくなった。又、刃物鍛冶の方も悪いんですね。大量生産をやると必ず品物が落ちて了う。
それで一人か二人で造っている為、皆様がちよっと大きな註文を取って来ると、催促に催促を重ねなければならない。刃物なんてうるさい物は止めようじゃないか、という事になって了います。其の中に大阪や東京の問屋が帽子だの、手袋だのを持って来て売り込む。金物屋が塩化ビニールを取扱い始めて、産地問屋の形が、集散地問屋になりつゝある。越前の武生がそうなりました。三条と三木に圧迫されて、武生の鍛冶屋が減って、もう百軒あるかなしです。三条の物と、三木の物を買って、越前の庖丁だ鎌を云って売っている人です。三条も此の儘で行ったら、東京と大阪の製品を取扱うセールスマンになって了うでしよう。

産地問屋である事は、大きな利益をとる近道でないかと、私は考えております。造る方の人達は、機械化による大量生産をやっても、品質が落ちない様に、皆で研究をしてそうして進んでいくなら、良いものが出来ましょう、そうすれば遂には、インドの藁切庖丁百万枚だって悠々と、註文を取る事が出来るでしょう。
どうか三条の産業の将来を考えて、又、皆様御自身の資本の増加を考えて、要するに勉強努力によって、研究をする。これが一番金儲けの近道だと思います。私はそれを皆様に申し上げたかったのです。自分が実現し得なかった夢を、皆様の御努力によって、世界一の刃物の産地に築き上げて欲しい。

続いて、スライドを写します。
第一図の様な模様が、青紙とか白紙の一号を使うと出て来るのです。此の白い奴が一番硬いのですね。此の方は炭素が○・九%です。白い所は炭素が六・七%になります。ウンと硬いんです。その硬い物をこんな風に続けておいたら、刃先へ来るとポロリと欠けます。硬くて脆いというのは、こう云う分子にした時に出て来ます。火造りを上手にやると、細かになって来るものなんです。
第二図の様になって居るものを、粒状、粒の状態になったと云います。此の様な細かさに切って了うと、非常に長切れするんです。此の様になった物なら、安心して買ってよいのです。こうなった物に対して、大工さんが文句を云って来たら必ず大工の方の手落ちによるものです。絶対に取替える必要はない。唯仕上げ直しをしてやるなり、欠けを研いでやるなりして、もう一遍使って御覧なさいと云って、返してよろしいです。
こんなに細かな分子にしましても、焼入れ温度が高過ぎると、白い粒がバカッと消えて、第三図の様に南天の葉に似た模様が出て来ます。金属学の言葉でマルテンサイトと申します。
マルテンという学者が見つけたので、発見者の名誉を伝える為に、此の名が生まれたのです。此のな模様になって来ると、刃物は軟らかで、且つ脆いのです。大工さんはこういう鉋を、甘いと云うものですから、刃物鍛冶は焼入れ温度を更に高くするのです。
高くすればする程此の南天の葉が大きくなって、益々切れなくなって来ます。だからこういう模様が、顕微鏡に現われたなら、皆様は鍛冶屋さんに、是は焼入れ温度が高過ぎたぞと、一言云って下さるのがよいのです。是は焼入れ直しをしなければ、どんなに戻しても軟らかになるだけで、脆さは変わりません。こういう物は不良品と云います。 何か御質問がありましたなら一つ、

問 スェーデンの鋼と、日本の鋼を此べると、日本の方は硫黄が多いと聞いていますが事実でしょうか。
答 硫黄は鋼を脆くする性質があります。スェーデンの鋼は、硫黄が非常に少ないのです。原料の鉄鉱石の硫黄分が初めから少ないからです。日本の砂鉄は硫黄が少ない。其の点ではスェーデンの原料と、日本の安来鋼の原料である島根県の砂鉄とは同じなんです。併し鋼の熔かし方がスェーデンと日本では違っております。

問 鋼の球状化は、鋼つけの所で決まるのですか。
答 球状になりますのは、焼入れの時でなくて、火造りの時なんです。火造りで鋼つけをしまして、鋼つけする時は、白くなる程温度が上がります。摂氏千二百度位と云われています。鋼を着けてから、形を造って行く時、温度を段々下げて来ると、次第々々に玉に近づいて来ます。一遍にパッと行くのではありません。第一回目は荒いですよ。二番目の赤めで、少し温度を下げ、丁寧に叩くと半分砕けて来ます。三回目で残りが砕けて来ます。 火造りの時に時間をかけると、球状になる。時間をかけずに短時間で火造りを終わらせると、球状になりません。
私はこゝの作業を、鍛錬の秘伝と云って居るのです。此の球状化は薄物と厚物では、やり方が少し違います。鋼の冷め方が違うでしよう。摂氏何度にするかは、品物によって変わるのです。唐傘屋小刀なんていうものは、薄いですから、それと鉋では、赤め方、叩き方を違えなければなりません。それは各メーカーが会得して、持って居る様で御座います。その後で藁灰の中で十分に焼なましをかけるのです。

問 刃物の分子の顕微鏡写真をのせた本はありますか。
答 刃物に関してそう云う本は御座いませんが、写真を引伸ばした物なら、吾々の所で可成り色々の種類のものを持って居りますので、御所望があれば、御註文下されば、実費で、おわけ致します。本は御座いませんナ。
刃物の本は一冊もありません。日本中に。模様を並べた本はあるけれども、今申し上げた様な事を、整然と並べて呉れたものは無い訳です。

問 砥ぎで刃物の善悪を決定するのは砥ぎ上げた刃物の色で見ますか。
答 一定の砥石に当てゝ研いで見ると、少し判ります。熟練によって研いで見る人は判るのです。鋼が変わりますと、例えばステンレスと炭素鋼では、砥当たりが全然違いますので、判りにくいものです。同じ鋼を持って来て、研いで見ると、硬い物と軟らかい物は区別をつける事が出来ます。同じ砥石なら色で判ります。鋼が変わると駄目なんです。安来の白紙と青紙では判りません。白紙は青紙より砥石にかけると早く研げる本質を持っています。これを知らないと、研ぎ難い青紙の方を硬いと思うのです。同じ硬さのものでもそういう差があります。
砥石が変わると正確でありません。本当に熟練した人が、一定の鋼で出来た刃物を、一つの砥石にかけて見れば、判るものです。それすらも正確でありません。鋼の分子が網の形になって居るか、粒状になって居るか等という事は、研いだだけでは全く判らないものです。
研ぎ上げた鋼の色は、研磨する材料によって違うものです。青粉(酸化クロム)で磨くと黒光りしますし、白い酸化アルミニウムで磨くと、どうも白っぽけて来ます。そういう訳で研磨剤を一定にすれば、或程度判るけれども正確にはわかりません。

問 刃物の硬さは砥ぎ上げた色で分かりますか。
答 研磨剤によって色が皆違うもんだから、どうにも、硬さは、色では判りません。刃物を使っている人は、黒光りするのがよいと云います。そんなら青粉(酸化クロム)で色を出すと黒くなると答えたくなるのです。研磨剤が違うと、色が変わって来る。色では硬さが判らない。結局硬度計で計って下さいと申し上げたいのです。

問 刃物の良し悪しは色で分かりませんか。
答 ハイ。絶対に判らんのです。色でも判らん。利口な鍛冶屋は、研磨剤を換えて、お客さんの気に入った色を出すから、誤魔化されて了うのです。

問 日本刀は色で判別するのではないですか。
答 日本刀でも色ではハッキリした事は分かりません。ただ「ぬぐい」というもので、あの凄い色を出しますと、あの色で誤魔化されることもあります。

問 どなたがメーカーとして優秀か、名前を挙げて貫えませんか。
答 公開の席では難しいが、コッソリ御訪ね下されば此の人は大したものですとか.ここはまだ修業中ですという事は私共に判っておりますから申し上げます。

問 眼で刃物を見分けられる人も居るのではないですか。
答 いますね。併し、判っている人が一割、判らん方が九割、そう思ってよろしい様ですね。併し沢山見て居られる貴方の様な御年配の方には、売った結果が判るでしょう。アレが大した貴重の物ですヨ。お小言の来ないのは、良いに決まっておるんですヨ。評判の良いのは、いいに決まっております。使った人が批評して下さいますからね。それを集計して持っておられるからね。アノ金物屋の年をとった御主人と云うものは、コレは大した熟練者です。刃物に対しては。しかし新品を五枚程並べて善悪を判定して貰うと、ピタリとは当たらない事があります。永年扱っている物に対しては此の人が一番詳しい。御客様のお小言や、金物屋の希望を知っておられます。ソレは恐るべきものだと思います。併し百発百中でなくて、中には見落としもあるのです。科学的の研究は、見落としが決してなく、完全ですから、皆様に経験の他に科学的の研究をお奨めする次第です。おわり

 
    この論文は最初にご紹介したように、三条金物青年会発刊の「刃物の見方」の巻頭に所載されている記事を引用した
  ものです。
 
  この本の編集後記は次のようです。
 
                編集後記
 
  青年会のゼミナールで岩崎先生より「刃物の見方」を講演して戴くに付きお願いに上がった処「やっと三条の金物
    屋からお座敷が掛りましたね」と言われ、その時既に病んで居られたにも拘らず、お元気なお姿で受講者を魅了さ
    れた事を思い出します。これを機会に増々より密接に御指導戴かねばと思っていた矢先、我々青年会の「刃物の見方」
    の講演を最後に他界されました。日本中に或いは世界的にも名立たる先生の業績の中から、特に我々の身近な読みや
    すい文丈を選んでまとめたのが、この「刃物の見方」であります。刃物を扱う方々から、刃物に関する古典的な教科書
    として、或いは肩の凝らない刃物随筆集として、永く座右の書となります様希望してやみません。(略)
                                                 
                                                                                編集委員一同
 
  
     この講演の時には私も参加して直接、話をお聞きしているのですが、この度、アップに際し、再度、何回も読み直して、
  実際に体験なさった貴重なお話として、示唆に富んだ内容のあるお話に改めて感動させられました。
  
  岩崎航介先生の、この時の助言は、今でも我々に問い掛けているように感じてなりません。
 
  なお、編集後記は、当時編集委員だった私が書かせて頂きました。
 

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